2025年、相撲界で急成長を遂げている関脇・安青錦(あおにしき)。
ウクライナ出身という異色の経歴に加え、来日からわずか3年半での飛躍は注目を集め続けています。
その背景にある家族の存在とは?どんな両親に育てられ、今どのような関係を築いているのか――。
本記事では、メディアでは語られにくい安青錦とその家族の姿に静かに迫ります。
目次
安青錦の両親はどんな人?出身地とプロフィール
急成長中の大相撲力士・安青錦(あおにしき)関。
そのルーツには、ウクライナ出身の両親の存在がありました。
安青錦の綺麗な顔と可愛い笑顔はみんなを幸せにする pic.twitter.com/cJcwOpVRDa
— おかゆ (@461_5han) November 23, 2025
ウクライナ出身の父セルゲイさんと母スヴェトラーナさん
安青錦関の父親はセルゲイさん、母親はスヴェトラーナさん、10歳差の夫婦です。
二人はかつてウクライナで家庭を築いていましたが、後に戦争の影響を受けて国外へ避難。
現在はドイツ・デュッセルドルフで新たな生活を送っています。
出身地はウクライナ中西部・ヴィーンヌィツャ州
安青錦関は、ウクライナ中西部に位置するヴィーンヌィツャ州の出身です。
この地域は豊かな黒土地帯に恵まれた農業地帯で、穏やかな自然に囲まれたエリアとして知られています。
州都ヴィーンヌィツャ市には、ロシェン・ファウンテン(ヨーロッパ有数の大規模噴水として知られる)があり、夜には音楽と光が織りなすショーが開催されるなど、美しい街並みも魅力の一つです。
しかし、安青錦関の故郷も戦禍とは無縁ではありません。
2022年7月14日には、ヴィーンヌィツャ中心部がロシア軍による空爆を受け、多くの民間人が犠牲になりました。
この悲劇は、彼の心に深い影を落としつつも、「土俵で強くなることで、祖国の人々に勇気を届けたい」という想いを強くさせています。
安青錦関の本名と誕生日
安青錦関の本名は「ダニーロ・ヤブグシシン」。
2004年3月23日生まれで、2025年現在は21歳になります。
安青錦優勝おめでとう㊗️
付き人泣いててこっちまで泣いちゃう pic.twitter.com/b8YzztGEyI
— よねっこ (@renraku__you) November 23, 2025
部屋の仲間やファンからは「ダーニャ」や「あおちゃん」の愛称で親しまれており、温かく誠実な人柄が多くの人に好かれている理由でもあります。
家族構成は4人!異母兄ニキタ
安青錦関の家族は4人構成です。
父セルゲイさん、母スヴェトラーナさん、そして異母兄のニキタさんがいます。
ニキタさんは3歳年上で、現在もウクライナ国内で生活中。
ロシアの侵攻当時は大学生で、学業のために国外へ出る選択をせず、そのままウクライナに留まることを決意したとされています。
兄弟は異母という関係性ではありますが、安青錦関は「いつかまた家族4人で食卓を囲むことが夢」と語っており、物理的な距離を超えた強い家族愛が感じられます。
両親は現在ドイツ在住!職業や避難後の生活は?
ロシアによる侵攻を機に、安青錦関の両親も生活の拠点を移さざるを得なくなりました。
日本で活躍する息子を見守る彼らは、どのような地で、どのような暮らしを送っているのでしょうか。
ここでは、彼らの現在の生活や環境について詳しくご紹介します。
ウクライナ侵攻を機にドイツへ避難
安青錦関の両親、セルゲイさんとスヴェトラーナさんは、もともとウクライナで暮らしていました。
しかし、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻により、祖国に留まることが困難となり、二人は安全を求めてドイツのデュッセルドルフへ避難しました。
当時17歳だった安青錦関も、その後に両親のもとへと一時避難しています。
ただし、そのままドイツに留まるのではなく、日本で力士になる夢を諦めず、単身来日を決意したのです。
ロシアのウクライナ侵攻で、関大相撲部主将の山中新大(あらた)さん(現関大職員)の自宅に避難しながら、千里山キャンパスにある相撲部の道場でけいこを重ね安治川部屋に入門、角界入りした関脇・安青錦関が大相撲九州場所優勝!千里山キャンパスで見かけたら「おめでとう!」って祝福しましょう! pic.twitter.com/3Vr0u0LZFZ
— ブームスポーツ編集局 (@boomsports) November 23, 2025
両親の現在の職業は?クリーニング店を経営しながら生活
現在、セルゲイさんとスヴェトラーナさんは、ドイツでクリーニング店を経営しながら生活しています。
移住先で自らビジネスを立ち上げ、生活基盤を築いている姿は、息子である安青錦関にも大きな影響を与えていることでしょう。
また、安青錦関は「仕送りはしていない」と明かしていますが、それは両親が自立して暮らしているから。
彼にとっては、土俵での活躍を見せることが、何よりの親孝行なのです。
三カ国に分かれて暮らす家族──でも絆は変わらず
現在、家族はドイツ・ウクライナ・日本の三カ国に分かれて生活しています。
両親はドイツ、異母兄・ニキタさんはウクライナ、そして安青錦関は日本。
距離的には離れていても、家族の絆は確かにつながり続けています。
両親は年に1〜2回は日本を訪れ、息子と直接会う機会を持っているとのこと。
中でも印象的なのが、2023年11月に撮影された来日時の写真です。
この写真は、安青錦関が2023年9月の秋場所で初土俵を踏んだ後、まさにプロとしての第一歩を踏み出した直後の時期であり、家族の支えが彼の大きな原動力になっていることを象徴する1枚となりました。
安青錦と両親の感動エピソード!賞金で語った親孝行
新入幕で敢闘賞(2場所連続、2度目)を受賞
安青錦関は、2025年3月場所で新入幕を果たし、11勝4敗という好成績を収めました。
その結果として、敢闘賞を受賞。
さらに、続く5月場所でも2度目の敢闘賞を獲得し、なんと2場所連続受賞という快挙を達成しました。
安青錦関、ずっととんでもない成績で怖い(褒めてる) #sumo pic.twitter.com/hCJ7mLNFaT
— 山根千佳 (@yamane_chika) November 23, 2025
この活躍ぶりは、外国出身力士としても異例のスピード出世であり、相撲ファンの間でも大きな話題となりました。
賞金の使い道は「両親に何か買ってあげたい」
そんな快進撃の中、メディアのインタビューで語った安青錦関の言葉が人々の心を打ちます。
「賞金で、両親に何か買ってあげたい」
この短い一言に、彼の家族への深い愛情と感謝の気持ちが込められていました。
戦禍で故郷を離れ、今もドイツで懸命に生活を営む両親への親孝行――それが、彼の原動力になっていることがよく分かる場面です。
21歳の若さで見せた、静かな決意
2004年3月23日生まれの安青錦関は、2025年3月場所時点で21歳。
まだ若手と呼ばれる年齢ながら、すでに心にはっきりとした「恩返し」の意識を持っていることが、発言からも読み取れます。
あんなにうまい酒飲んだことない 安青錦、大関昇進は確実(共同通信)#Yahooニュースhttps://t.co/ZRS6fJRiZb
— 【公式】安治川部屋 (@ajigawa_beya) November 24, 2025
自分のためだけでなく、家族を思って土俵に立つ。
その姿勢こそが、彼を強くしているのかもしれません。
会えない時間を埋める、LINEとビデオ通話
現在はドイツ・日本と離れて暮らしている両親とは、LINEやビデオ通話で連絡を取り合っているとのこと。
忙しい稽古の合間を縫って、近況を伝え合い、家族としてのつながりを保っています。
特に、取組後に両親がメッセージを送ってくれることが多く、それが精神的な支えになっているようです。
このように、安青錦関の活躍の裏には、戦火を生き抜きながら彼を支え続けてきた家族の存在がありました。
賞金の使い道に迷わず「両親のため」と語る姿は、彼の人間性を物語っています。
安青錦の兄弟構成とは?異母兄ニキタの今
華々しい活躍を続ける安青錦関ですが、実は兄の存在についてはあまり多く語られていません。
どのような兄弟関係を築いてきたのか、そして今、兄はどこでどんな生活を送っているのか。
力士としての姿からは見えにくい、もう一つの家族の輪郭をたどります。
戦争下でもウクライナに残った兄
2022年2月のロシアによる侵攻当時、ニキタさんはウクライナ国内の大学に在学中でした。
そのため国外への避難はせず、現在もウクライナ国内で暮らしているとされています。
当時のウクライナでは若い男性の国外退避が制限されていた背景もあり、学業や年齢の事情からウクライナに残ることを選択した可能性があります。
兄弟は物理的に離れて暮らしていても、連絡手段としてLINEやビデオ通話などを通じ、日々のつながりを維持しているとのことです。
「また4人で食卓を囲みたい」という願い
安青錦関はインタビューなどで、「戦争が終わったら家族4人でまた食卓を囲みたい」という願いをたびたび語っています。
優勝おめでとうございます!
ダニーロさん(安青錦)はいつも明るく、ウクライナ出身であることを誇りに思っている素敵な方です。@Ukraine_cafe に来てくださった時には、ウクライナ料理の中でも特にボルシチとヴァレーヌィキが好きだと話してくれました🇺🇦
ウクライナ人は心から彼を応援しています! https://t.co/eXRhozAeXZ pic.twitter.com/DboqOaeHzX— Igor Ievtushuk🇺🇦イーゴル・イェブトゥシュク (@parra1bellum1i) November 23, 2025
「家族とまた一緒に食事できる日が来てほしい。それが今の夢」
父と母はドイツ、兄はウクライナ、そして自身は日本。
家族は今、3カ国に散らばった状態でそれぞれの人生を歩んでいますが、精神的な絆は決して途切れていません。
この「再会への願い」は、安青錦関の力士としての原動力にもなっており、土俵に立つたびに家族の存在が彼を支えているのです。
家族の再会を夢見て──来日3年半に語った想いとは
安青錦関が日本にやって来たのは2022年4月。
ロシアによる侵攻を逃れ、彼は単身で来日を決意。
当時、ウクライナからドイツに避難していた両親とは別の地で、日本での新たな生活をスタートさせました。
侵攻を逃れて来日、支えてくれた恩人との出会い
頼ったのは、2019年の世界ジュニア相撲選手権で出会った恩人、関西大学相撲部の主将・山中新大(やまなか あらた)さん。
安青錦関は、彼の実家で下宿生活を始め、日本の相撲に触れながら日々稽古に励んでいきました。
「安青錦新大」の安と錦は師匠安治川の現役時代の四股名「安美錦」から、「青」はウクライナの国旗や自身の目の色、「新大」は日本で一緒に生活した当時関西大学相撲部主将山中新大から取られた。
この出会いがなければ、今の彼は存在しなかったと言っても過言ではありません。
来日してすでに3年半──家族への想いは強まるばかり
あれから3年半。
言葉も文化も異なる国で、10代から角界での道を歩んできた安青錦関は、若干21歳ながらすでに三役に昇進し、連続三賞受賞という快進撃を見せています。
厳しい稽古や緊張の本場所を乗り越えられているのは、何よりも家族の支えがあるから。
物理的に離れていても、心の距離は常に近く、LINEやビデオ通話を通じて日々のつながりを絶やしていません。
家族への想いを胸に、土俵を駆け上がる安青錦
安青錦関は、ウクライナ出身の両親・セルゲイさんとスヴェトラーナさんのもとに生まれ育ちました。
ロシアによる侵攻を機に家族はそれぞれの道を選び、現在は両親がドイツ、兄がウクライナ、本人は日本と、三つの国に分かれて暮らす生活が続いています。
それでも、家族の絆は絶えることなく繋がっています。
なかなか再会できない中でも、互いに励まし合いながら過ごす日々は、安青錦関の力強い土俵姿の裏にある“もう一つの物語”です。
2022年4月に単身で来日してから、わずか3年半で関取に昇進。
そして2025年11月場所には、ついに東関脇の地位にまで上り詰めました。
どんなに遠く離れていても、心の中ではいつも家族と共にある──その強い想いが、安青錦関を相撲界の最前線へと押し上げているのです。
今後も彼の活躍と、家族の物語から目が離せません。
