気づいたことの整理

不登校の長男の隣で「夢が叶う・叶わない」の違いを整理してみた。

同じ内容も違う切り口だと理解できることもあるよね。

通信高校に通う長男は、
今年度の登校日全て不参加でして。

数日前学校から最後のチャンスをいただき、
300キロ離れた本校まで行きました。
しかし、参加できず。
バタバタとホテルキャンセルして帰ってきました。

新幹線とレンタカーでの移動。
お母さん知らない町の運転は疲れたよ。
(*´Д`)

 

年3回の登校が難しい長男から私は何を得るのか?

観察って表現があってるかは分からない。
私的にここ3年位の彼との付き合いで、
観察って言葉がちょうどよい。

あまり感情的になると
疲れるし、ハッピーな結果にならなかったしね。

今回の不参加という結果の前に
地元の会場での登校日は3回あったけど全て参加できず。
車での送迎も地元とは言え近距離ではなく、
すでに私たち夫婦は疲れていました。

今回急遽学校側が補講を準備してくれ、
急すぎてスケジュールも未定のまま
新幹線、レンタカーやホテルの手配と送迎。

で、結果不参加。

さあ、私はここで何に気づくんでしょうか?
何か私にとって必要ないことをしてるんでしょうね。
疲れるってことは、本来の自分に不要なことをしている証拠。

ほっとくのが一番なんでしょうね(笑)

そして、私は私のことをする。

そうゆうことなんでしょう。

私は意外と物好きななので、
今回のように知らない町に突然行くとか楽しんでいるの。

でもそれって
息子を理由にしなくてよくてさ。
行きたいところがあれば行けばいいんであって。
とはいえ、行けない言い訳はたくさんあるけど、
そうゆうこと抜きにして、
他人を理由にせず自分のことやれって話で。

正直今回の送迎が無かったら、
自宅でゆっくりブログ書けてた。
そんな気持ちもあった。

本当は息子には自分で行ってもらって、
静かな自宅で好きな本読んで、ブログ書きたかったんだ。

本当に自分の好きなことしかできない世界なんだなわ。

長男の不登校に限らず
行けない時って、その先に不安や不快があるわけで。

40年生きていれば同じように感じた経験もあるわけで。
でも私はその気持ちを無視してたんだよね。
でもさ、今ブログ書きながら想い馳せるとね、
自分かわいそうだったな。って。

夢が叶う・叶わないについて整理してみた。

「夢が叶う」って書くと大げさだけど、
自分らしくいて安心感や充足感が得られるのか。

安心安全という気持ちがあって
初めてのびのび出来る。

そんな環境を子供たちには準備したいと思いつつも、
自分が自分と離れていると不安になってしまうから、
まずは私が自分と一致した状態でいよう。

本来の自分と一致する。

周りを変えようとしないこと。
それは自分をないがしろにしていることだから。

私が私を最優先することで、
みんながみんな自分を最優先するでしょう。

周りを見渡すと希望の職種で充実してる人は
損得勘定がない人が多く、
医療系に進んだ人は
子どもの頃からの夢だった。
昔入院した時に助けられて自分も目指した。

技術職の人は
小さな頃からモノ作りが好きだった。
分解して中身を確認するのが楽しい。

学生時代、夢を叶える前にそう話していました。
話を聞いてるこっちまで気持ちよくなります。

夢が叶うだけじゃなく、
その道が自分の道だった人の共通点。
今思い出しました。

同じように学生の頃進路について話した人で、
安定が欲しく公務員を目指した人、
お給料で会社を選んだ人は
不採用だったり、長続きしませんでした。

公務員を目指していた同級生は
家庭が経済的に不安定な子でした。
母親から公務員を勧められたそうです。

不採用や退職することを否定はしません。
経験や通り道だから。
寄り道が人生を豊かにしますし。

たどり着いた言葉は
「自分を否定する夢は幸せにならない」

夢が叶う=私になることなのかな。

個性をパズルのピースに例える話を聞いたことがあります。

「自分を否定する夢は幸せにならない」は
自分にとって近い話です。

夢を選べない。
そう書いたらわが子は悲しむかしら…

私たちはそれぞれ違う個性を持っていて、
そのおかげで違う経験や感情を体験できる。
それは広い視野で見ればとても豊かなこと。

でも、今回の私がそうなんだけど、
社会的・親の責任・常識的・統計的等々
そう言った外的なことを判断の軸にしてしまうと、
今の彼を否定することになり、本来の良さが表面に現れない。

今彼が彼のままでピッタリハマる場所があるわけで。
そこにいれば安心できるのに。

外的な情報で自分を否定してしまうと、
望まないことを夢と勘違いしてしまったり、
努力しても夢が叶わない、夢は叶ったけど幸せじゃない。
そう感じてしまうんではないかと考えました。

自分をどこかで否定する夢は叶わなくて、
自分の適性というのかな、
個性を魅力的に発揮できる夢は必ず叶うのではないか。
ブログ書きながら整理してたどり着きました。

叶わないのはどこかで無理をしている。
本当の望みじゃないかも…と疑ってみる。
そう肩の力を抜いて、
背負っている不要なものをおろす。
その繰り返しなのかもしれませんね。

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ABOUT ME
猫も毛づくろい
1976年生まれ、同い年の夫、長男(16歳)、次男(10歳)との4人家族。 長年勤めた会社を退職し、就活&専業主婦。 ブログはいつかの自分へ向けて書いています。
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