気づいたことの整理

他人目を気にしてる時は身につかない、自分が楽しむことで習慣になる。

今日も日記です。

うちの子たちはどのくらい他人の目線を気にするのだろうか…

いや、子のことは子に任せる。

私は私のことを整理しよう。

 

目次

片付けは他人の目でやってるうちは身につかない。

昔から片付けが苦手で、
数年前に整理収納アドバイザー2級を受講しました。

私は親から片付けのやり方を教わりませんでした。
実家は整理整頓出来てる家ではありません。
特に親を責めたいわけではなく、
私が必要なタイミングで学べばいいので問題なし。

先日の地震でも実家は大きな被害はなかったので、
この調子で片付いていない家で暮らすんだと思います。
毎日過ごしている人が快適ならそれが一番。
勝手に「実母は片付けが苦手」とレッテルを貼る必要はなくて。

いろいろな情報のおかげで
親に対する感情が安定していて嬉しい。

で、ここからが本題で、
「お客さんが来るから片付ける」
このような感覚では片付け習慣は身に付きません。
そもそもが他人目線だから。

考え方は、(考えることでは無いか)
「スッキリした空間で過ごす事が気持ちいい」
こう自分の感じ方になれば習慣化する。

だって、片付けして一番得をするのは自分だから。
ほっといたって自主的にやるわけだ。
そうなったらこっちのもん。
どっちのもんだよ?(笑)

親として君たち(子供たち)にできること。

でね、これは片付けのおまけとして、
子供たちにできること。

片付いてる家で過ごす経験。

散らかっている部屋での生活が当たり前だと、
片付けることのメリットがわからない。
と、自分の経験で思った。

出かける前になって鍵を探したり、
服があるのに着ていく服が無かったり、
リップを買ったら同じものが出てきたり。
それが当たり前になってしまった私。

で、もし彼らが散らかった部屋で過ごす事になっても、
片付いてる家で過ごす経験を思い出して、
「探し物って面倒だな」
「ゴミは毎週出した方が気持ちがいいな」

そうだ!片付けよう!!
°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

そんなきっかけになれたらいいなって。

なので、春休みの今
過去の教科書、ノートなどを
「いるモノ・いらないモノ」
に自分の判断で処分させました。

片付けのファーストステップは、
「いるモノ・いらないモノ」選択。

他人目線で不要だと思っても、
本人が残したいものは残す。
逆も同じ。

次男はレゴが大好き! 一部屋をレゴ専用にさせてます。

母になって気付いた。メイクやファッションも同じ。

20代の頃は気付かなかったけど、
ファッションやメイクも近いものがある。

これは私の話ね、
20代と40代では忙しさが違う。

で、これって20年の間に勝手に私が背負ってきたものでさ。
結婚を機に「妻」「嫁」の肩書を背負い、
出産後「母」も背負い。
職場でも役割を背負い。

20代の頃は
「他人目線でファッション、メイクを楽しむ余裕」があった。
40代では「他人目線=義務」となり、
楽しくなかった。
それなりに見せることに一生懸命。

「たかがそれなり」のために努力をする。

いろんなことが自分にとって限界で、
目を覚ますきっかけがあったから気づけた。

今も自分にとっての快適を模索中だけど、
ファッションもメイクも楽しい。

いろいろ手放せて本当に楽になった。
私幸せそうな仮面をかぶってたんだ。
周りの人から幸せそうに見られたかった。
自分の中でそう認められた。

でもね、この間新たに気づいたことがあって、
他人から言われることにはまだ違和感があったの。

夫から、
「本当は大変だったんだね」
って言われた時に、ちょっともやっとして。
(-_-;)

数日前のことだし、
夫もどんな意味で言ったかわからないし、
そもそも夫と同じ現状を見てるわけじゃないから、
ま、いいや。今はそう思ってる。

同じ時間を過ごしていても
見えてるものは違うって理解するのは最強だ。
言葉で知っていることと
理解すること、生活に活かせることって本当に違う。
違う世界が体験できる。

ABOUT ME
猫も毛づくろい
1976年生まれ、同い年の夫、長男(16歳)、次男(10歳)との4人家族。 長年勤めた会社を退職し、就活&専業主婦。 ブログはいつかの自分へ向けて書いています。
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